大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)496号 判決

原告 安岡長文

被告 繁栄機工株式会社

主文

一、被告は原告に対し金二、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年一二月一五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨。

二、請求の趣旨に対する答弁

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、原告は、父安岡利一と共に、材木販売業を営むかたわら、建売住宅の建設販売業に進出すべく、原告自身が近々に宅地建物取引業免許を取得するか、あるいは原告が共同経営者であり、右免許を有する訴外森脇隆幸が代表者である「大栄土地」を販売元と予定するなどして準備をすすめていた。

2、被告は、特殊工作機械の製造販売業を営むものである。

3、原告は、昭和四七年八月五日被告から被告所有にかかる大阪府守口市大久保町三丁目一四八番地、農地一五九・〇九平方メートル(以下本件土地と称する)を代金一二、五三四、六〇〇円代金支払期日同年一一月末日の約で買い受け、右同日手付金二、五〇〇、〇〇〇円を被告に支払つた。

4、ところが、右売買契約(以下本件契約と称する)は、左のいずれかの事由によって、当初より無効であるかもしくは契約日に遡つて失効した。すなわち、

(一)、錯誤による無効

(1) 、原告は、本件土地を買受けの上、その地上に建売住宅を建設しこれを販売する計画を有していたが、このことは、本件契約に先立ち、仲介業者訴外渕脇利紀を介して被告会社の当時の専務取締役(現在の代表者)真田明幸に表示した。

(2) 、ところが、本社土地は、府道北大日龍田線に北面しているのであるが、昭和四七年八月七日、都市計画法にもとづき本件土地周辺が都市計画道路の区域指定の決定をうけた。これによると、右府道は都市計画予定線として道路幅員を一八メートルに拡張されることが判明した。右決定の告示は、本件契約の二日後になされたものであるから、本件契約日においては、行政当局の内部では、右区域指定の決定は、既定のことであつたのは明らかである。

(3) 、(2) の決定が実施され右府道の巾員が一八メートルに拡張されると、本件土地は、別紙図面のとおり、僅少部分を残して道路予定地にとりこまれることとなり、前記(1) の目的で本件契約を結んだ原告の意図は達成されない。

(4) 、仮に、(2) の決定が実施されるまでの間道路予定地に建築物を構築できるとしても、該建築にあたつては、都市計画法第五三条、第五四条による制限をうける。すなわち、予定地には木造二階建家屋しか建築できず、しかも右家屋は「容易に移転し若しくは除却することができるもの」でなければならないとの要件を満たすことを要し、且つそのことを担保するため、「事業施行者が移転または除却すべきことを命じた場合は三月以内に無償で移転しまたは除却する」旨の念書の提出を条件づけられている。右のような制限下の建売住宅の販売はほとんど不可能であつて本件契約を結んだ原告の前記(1) の目的は到底達成されない。

(5) 、右(2) 、(3) 、(4) から明らかなように、原告の本件契約の意思表示は、要素に錯誤があり無効である。

(二)、事情変更による契約解除

(1) 、本件契約後に、前記(一)の(2) で述べたように重大な事情の変更があり、原告の契約の所期の目的は到底達することができなくなつた。

(2) 、そこで、原告は、被告に対し昭和四七年一一月末日内容証明郵便により右契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は同日被告に到達した。

(三)、瑕疵担保責任にもとづく契約解除

(1) 、本件契約の目的物たる本件土地には前記(一)の(2) 、(3) 、(4) で述べたような瑕疵がある。

(2) 、原告は、本件契約に先立ち前記渕脇を介して守口市役所において、本件土地周辺の都市計画就中道路拡張予定の有無を調査したが、右の瑕疵は表見していなかつた。

(3) 、前記(一)の(3) 、(4) で述べたように、右の瑕疵が附着したままでは、原告が本件契約をなしたる目的は、達成されない。

(4) 、そこで、原告は、被告に対し、前記(二)(2) で述べたように、本件契約の解除の意思表示をなした。

5、被告は、前記昭和四七年一一月末日到達の内容証明郵便によつて本件契約の無効もしくは失効を知つた。

6、よつて、原告は、被告に対し、手付金返還金二、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する被告が悪意となつた日の後である昭和四七年一二月一五日から支払ずみまで商事法定利率年六歩の割合による利息金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1、請求原因第1項の事実は不知。

2、請求原因第2項の事実は否認。被告は、ステンレス製化学機械装置の設計並びに製作、圧力容器及び耐圧機器設計並びに製作を業とするものである。

3、請求原因第3項については、本件土地の所有者は、被告会社ではなく、被告会社前代表取締役真田清個人である。その余の事実は、売主が被告であることを含めてすべて認める。

4、請求原因第4項は争う、すなわち

(一)、その(一)につき、

(1) 、その(1) は否認する。

(2) 、その(2) につき、本件土地が府道北大日龍田線に北面していること、原告主張の日時に、本件土地周辺が都市計画道路の区域の指定をうけ、右府道が巾一八メートルに拡張される旨の決定の告示がなされたことは認めるが、その余の事実は不知。

(3) 、その(3) につき、右府道が巾一八メートルに拡張されると、本件土地は、別紙図面のとおり、僅少部分を残して道路予定地にとりこまれることとなることは認めるが、その余の事実は否認する。

(4) 、その(4) は否認する。

(5) 、その(5) は争う。

(二)、その(二)につき、

(1) 、その(1) は否認する。

(2) 、その(2) は認める。

(三)、その(三)につき

(1) 、その(1) は否認する。

(2) 、その(2) は不知。

(3) 、その(3) は否認する。

(4) 、その(4) は争う。

5、請求原因第5項は否認する。

6、請求原因第6項は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、当事者について

証人安岡利一の証言及び成立に争いのない甲第七、八号証を総合すると、原告の父安岡利一が昭和四六年ころより材木商を営むかたわら訴外森脇隆幸と共同出資で「大栄土地」名義で建売住宅の建設、販売に進出していつたこと、右利一の実子である原告も右事業に参画すべく準備をしていたことが認められる。一方、被告会社代表者真田明幸尋問の結果によれば、被告は、化学機械の設計製作及びこれに附帯する事業を営む会社であることが認められる。

二、本件契約の成立及び手付金の交付について

原告、被告間に原告主張の日時に本件土地につき本件契約が成立し、原告が同日被告に対し手付金二、五〇〇、〇〇〇円を交付したことは、当事者間に争いがない(本件土地の従前の所有関係については、争いがあるが、この点はいずれであつても本件の結論には影響がない)。

三、錯誤について。

(1)、証人渕脇利紀、同安岡利一の各証言によれば、原告は、本件土地をその地上に建売住宅を建設しこれを販売する目的で買受けたものであり、そのことは、本件契約締結前仲介業者たる訴外渕脇利紀を介して、また本件契約締結時原告の代理人たる訴外松本金之助からいずれも被告の当時の専務取締役であり被告を代理して本件契約締結の衝にあたつた真田明幸に対して表示されたことが認められる。被告代表者真田明幸本人の供述中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。原告が本件契約締結当時未だ宅地建物取引業の免許を得ていないことは、弁論の全趣旨から明らかであるが、成立に争いのない甲第七号証によれば、昭和四八年四月二五日にはこれを得ていることが明らかであるから、右認定の妨げとなるものとは解されない。

(2)、ところで、本件土地は、府道北大日龍田線に北面しているのであるが、本件契約締結の僅か二日後である昭和四七年八月七日本件土地周辺が都市計画道路の区域指定の決定告示を受け、これによると、右府道は都市計画予定線として道路幅員を一八メートルに拡張されることになり、そうなれば、本件土地は別紙図面のとおり僅少部分を残して道路予定地にとりこまれることとなつたことは、当事者間に争いがない。そして、右のとおり、右決定の告示は、本件契約締結の二日後になされたものであるから、行政庁の内部では、右決定は、本件契約締結当時すでに既定のものとなつていたものと推認される。

(3)、都市計画法五三条、五四条によれば、右のような道路予定地に建物を建築することは、常に全く不可能というわけではないが、これには知事の許可を要し、また構造につき一定の制限をうけることが明らかである。のみならず、証人渕脇利紀、同安岡利一の各証言によれば、右許可についての行政実務においては、「事業施行者が移転または除却すべきことを命じた場合は三月以内に無償で移転しまたは除却する」旨の念書の提出を要求し、それを条件として許可を与えていることが認められる。証人真田登美男の証言中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4)、そうだとすれば、本件土地上に建売住宅を建設することは、事業施行者から命令があつた場合に無償で移転または除却するという危険を犯してすることになるわけであり、そのような建売住宅の販売が極めて困難であろうことは、容易に推認されるところである。現に宅地建物取引業者である証人渕脇利紀も、その旨を証言する。これに対し宅地建物取引主任者である証人真田登美男は都市計画区域に指定されても、事業の施行はすぐには開始されないことが多く時には長年月を要することもあるので、建売住宅の建設販売には支障がない旨証言し、宅地建物取引業者である証人木口泰宏も、同旨の証言をするが、都市計画の告示があつてから現実に事業の施行の妨げとなる建物の移転または除却が命ぜられるまでの間には時としてかなり長年月を要することがあるのは事実だとしても、いつ移転または除却が命ぜられるかわからないような建売住宅の買取を希望する者はやはり少いとみるべきであろうから、右の証人真田登美男、同木口泰宏の各証言は、にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうだとすれば、原告は、本件土地の大部分が道路予定地にとりこまれたことにより本件契約の所期の目的を達し得なくなつたものというべく、もしそのようなことが最初からわかつておれば本件契約を締結しなかつたであろうということができる。

(5)、従つて、原告の本件土地を買受ける旨の意思表示は、その要素に錯誤があつたものであり、本件契約は、無効であるということができる。

四、結論

そうすると、被告は、さきに原告から交付を受けた手付金二、五〇〇、〇〇〇円を不当利得していることになり、また、昭和四七年一一月末日被告に到達したことに争いのない内容証明郵便である成立に争いのない甲第四号証の一によれば、被告は、同日悪意の受益者となつたものと認められる。従つて、被告は、原告に対し、右手付金返還金二、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する悪意の受益者となつた日より後である昭和四七年一二月一五日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うこととなる。よつて、原告の本訴請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 露木靖郎)

(別紙)図面〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例